加速放置。(其の7)

●やっべええええ。
前回ここ書いたのって、「5月中旬」だと思ってた・・・・・・
し・・・4月21日だとう。
賞味1か月ぐらいUFOにさらわれてでもいたのかわたしは。

しかも
またしても、てめえで出した予告をまっとうする気配がなさそうですが。

・・・・・・・・・、
あの、毎回最後に「次回は○○関連について」って書いてるのは、読んでくれる方に対する予告というよりも、どっちかというと自分のテンションを維持しておくために、なかば自分に対する脅迫のような(笑)意味合いが強かったりするんですが。
考えてみたら
自分で決めたことをまっとうできる性格だったら、今頃この歳でこんな貧乏してやしませんね・・・・・・ハア。
うーん、まあいいや(おい!!!
ジェットネタは書くこと決まってるから、今後もなんかきっかけがあればいつでも書けるし。

そんなわけで今回は、
じつはこれこそかなり早い段階で書いておかなければならなかったのでわなかろうかという
「神」
についての考察です。
無茶は承知のすけ。
心にゆとりのある奴だけついてこい。

●正直申しますと。
今毎月20日過ぎごろにメディアファクトリーから新書版の原作コミックスが2冊ぐらいずつ発行されていて、だいたい追っかけながら買って読んでるんですが。
全40巻(?)予定を今だいたいやっと半分を過ぎたところなんですが。

じつは今までにすでに数回
もう原作を読むのはやめにしようかと
思ったことがあります・・・

えー、たしか最初は11巻、
前の10巻で「実質最終回」とか「あそこで終わっていれば名作だったのに」とかちまたでさんざん持ち上げられてる「ヨミ篇」が感動的に終決した後、 何事もなかったように次の話が始まったとき。
もっとも
実際の原稿の執筆には、この2巻の間には数年間のブランクがあったらしいですが。
しかしその事実を知識として知っているわたしでさえ
次の「怪物島篇」、さらに次の「中東篇」のグダグダさ加減にはかなりひきました(笑)
いやまあ、このシリーズ(というかひいては石ノ森マンガ全体・・・)のグダグダさ加減は今に始まったことじゃないんですが。
あまりにも「ヨミ篇」がきれいに決着ついたもんだから、ギャップがね・・・

まあそれでも、
それからさらにその次の「移民篇」までは全員が活躍する話ではあるし
(わたしはあんまりヒーローに思い入れをするタイプじゃないため、ジョーしか出てこない話はあまり好きではない)、
次の「ローレライの歌」は、雰囲気ががらりと変わってこれはこれでたまには面白いと思えるし、
さらに次の「海の底篇」はほとんどジョーしか出てこないとはいえゲストキャラがかなりいい味出してるので、まあまあ楽しめるつくりにはなっているといえる。(・・・何様だおまえ。)

が。

・・・・・・やっぱねー。
あれはねー(笑)

だめですよう人知の及ばない敵を出しちゃ。

ねーねーもしかしてさ
このことにふれるのってファンの間ではタブーになってたりしますか??

「天使篇」と「神々との闘い篇」に突っ込むのは・・・・・・。

えー
こまかい話はあとまわしにして、とりあえず原作を読んだことのない方に向けてこの2編がどういうものかざっと説明しますと。

「天使篇」では
「人類すべての創世主」を名乗るいわゆる“天使”の格好をした一団が現れ、「長年観察したけど人類は間違った方向へ進化してしまったようなので、原始に戻してやり直すことにした」と言って辺境から人々を退化させはじめる。
しかし創世主からみたらどんなにダメな人類でも、ここまで築き上げた大切な歴史や記憶の遺産があるわけだから、それを勝手にリセットされるのは納得いかない、たとえかなわないとわかっていても僕たちが人類代表で創世主にむだな抵抗を試みようではないか。
と決心する00ナンバーサイボーグたち。

というところで突然マンガが打ち切られる。
・・・・・・・・・。

さらに「神々篇」は

「天使篇」をリメイクした上に古代遺跡の謎までからめまくってものすごい構想をぶちたてた上でこんどこそ全シリーズの大完結篇を描こうとしたもの、
らしいのですが

抽象的なイラストの羅列と
およそ読む気の起きないクソ長い説明文
俺にこれのあらすじを書くのは100ぺん生まれ変わっても無理
というぐらい
ストーリーらしきストーリーの読み取れない、
「マンガ」と呼んでいいのかすらあやしいもの

仕上がっております。

しかも
この内容に、単行本にして1冊半費やしてるんだよこの人・・・
まいったねこりゃ

まあ
石ノ森氏がこれで何を試みたかったのかとか
これを描かなければならなかった意味とかについては
一応わたしなりの解釈があるので、のちにまたあらためてふれますが

これを読者として楽しめといわれたら
ちょっとそこまで心広くはなれない

さすがに本気で原作を追うのをやめるべきか迷いました。

結局やめなかったのは、たぶんここらでいいタイミングで「コンプリートブック」を買ったんだと思うんだよね(もう忘れたのか。たかが数か月前なのに。)
あの本には原作全話のあらすじだの当時の状況の解説だのが書かれているので、それで「神々篇」の後にもまだちゃんと“読める”話が続くとわかって、どうにかやめずにすんだのだとおもわれます。

しかしさ

「009」って連載開始当初は、いわゆる痛快冒険活劇最盛の時代で、まあそれなりの悲劇的設定はしょいながらも少年少女が元気いっぱい敵を倒すというノリだったわけですよ。

そのノリは基本的には、ずっと維持されていくわけですよ。
それがあなた
「神々篇」では、なんだかピュンマはとつぜん自分に生殖能力がないことを嘆き出すし、フランは精神的(本能的?)不安からジョーに子作りをせまり出すし(・・・・・・・・・)
おめーらそれもう少年マンガじゃねえよ(笑)
「わからないひとはおとうさんかおかあさんにきこうね」じゃ
すまねえだろいくらなんでもよ

こんだけナマナマしい展開をみたあと
何事もなかったようにまた
もとのノリの少年活劇に戻って連載が続くって
ちょっとすごくないですか。

いやまあ
本来そういうのが読みたかった者としてはありがたいことはありがたいですが。
あ ごめんなさいね
「神々篇」みたいなのこそが石ノ森マンガの本領で真髄であると思ってらっしゃる方もきっと多いと思いますが。
わたしは「ついていけない」だけで、「否定」はしてませんので。
(否定したところで原作本の流通が止まるわけじゃないし;笑)
ほんとに「だめだあ」と思ったら自分が読むのやめればいいだけだと思ってますので。
ただ
ここはわたしのサイトですので(笑)
「わたしにとってはつまんなくなっちゃったあくそうくやしい。」
ということだけはほざかせていただきます。個人の意見として。
わたしごときひとりの発言で世界の石ノ森巨匠のイメージがダウンするなどとうていありえませんし。
はー
webってこういうこといちいち言わなきゃいけないのがきついよな。

●さてさて
まあ、原作に関してはべつに、読まなきゃいけないもんでもなし
(平成アニメから入ってやおい描いてる子たちなんかは読んでないほうが多いだろうしな)
ここまではたんに、わたしがショックだったというだけのはなしにすぎないんですが、

じつは
平成アニメでも、ついこの間
このコーナーのトップに貼ってある「応援バナー」
(最終回まで平成アニメを応援し続けようという主旨のバナー)
をこっそりはがして
リタイアしようかと本気で考えた回がありましたのです・・・



こんなとこで切って申し訳ないですが(笑)
本題に触れないうちにえっらい長くなってきたので
続きは次のページにて。

(2002・7・12)

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