おいしいせいかつ

今から数年前、まだエロマンガを描いていなかったころ、わたしは創作少女マンガサークルとして同人誌即売会に参加していた。
あるとき、隣になったサークルの女の人に声をかけられ仲良くなって、たがいの本の交換をした。その人は少し少女趣味な格好をしていたうえ少し太っていて、年齢がわかりにくいタイプだった。もらった本は、お世辞にもあまりうまいとはいえないマンガで、やはりかなり少女趣味というか、作者が夢見がちな性格であることがよくわかる内容であった。トークなどをざっと読むとどうやら働かずに実家にいる人らしく、そのへんのことと、実際本人と話してみた印象から、わたしは彼女を自分と同じぐらいか、少し年下の22〜23歳ぐらいと推測した。
即売会のあと何日かして、彼女から手紙が来た。やはり少女趣味な便箋で、知り合えてうれしい、次の即売会でもぜひ会いましょうなどと書かれていた。
わたしは返事を出そうと思ったがたまたま忙しくて忘れてしまい、ひどいことにそのまま彼女のことも忘れてしまった。
その数か月後。
また即売会があって、朝スペースの準備をしていると、むこうからものすごい派手な人物がこちらに近づいてきた。よく顔を見ると、あの彼女ではないか。全身、表面積が5倍くらいになりそうなフリルだらけのピンクハウスで固めた上に、これでもかというほどでかいコサージュをつけまくっている。あまりのことに言葉も出ずただ口を開けて見ていると、彼女はもううれしくてたまらないという顔で、
「きいて!結婚するの!あたしの本の読者で、こないだ花束くれた人なの!これ(服)買ってもらっちゃったー!!」
と言い、そのままドトーのように去っていった。
わたしは圧倒されて、おめでとうを言ったかどうかも覚えていなかった。
それっきり手紙もなく、こちらも特に用事もなかったので、彼女のことはこのまま「ちょっと変わった人に出会った記憶」として、いつか風化していくはずであった。
が。
それから、さらに数か月後のことである。
ある朝、新聞のテレビ欄を見ていたら「どうなってるの」という番組で、「女王さま女房」という特集を組んでいた。それだけではべつに興味もなかったのだが、さらに「マンガさえ描いていればいいという夫」という説明書きがついている。
・・・マンガ家が出るのだろうか?「誰だ・・・?」と思ってしまうのは、同業者として仕方のない好奇心だと思う。わたしはその番組を見ることにした。
何人かの「女王さま女房」が紹介されたあと、いよいよ「その女房」の出番になった。本人の顔が出る前に、まず「その女房の描いているマンガ」が画面に出た。
・・・ん?
あの絵は。
見覚えがある。やはりマンガ家か?しかしどこの誰だっけ・・・
そして数秒後に思い出した。「・・・・・・。ひょっとして、あの人・・・。」
やがてピンクハウスをまとい、にっこり笑って画面に登場したのは、まぎれもなくあの彼女であった。
結婚して以来彼女の夫はことあるごとにせっせと妻にピンクハウスを贈り続け、自分は近所のスーパーの安シャツで満足している。毎日会社で働いて疲れて帰ってきた夫に晩メシの仕度もせず、「見て見てえ、今日これ描いちゃった〜」と言って描いたイラストを見せる妻。怒りもせずに「わあすごーい、さすが、上手いねえ」とほめる夫。
そして、それよりも何よりも驚いたのは、彼女の32歳という年齢(当時)であった。
見なかったことにしたほうが、いろんな意味で精神衛生上良いかもしれない、とわたしは思った。
しばらくして知り合いのマンガ家さんのところに仕事を手伝いに行ったとき、たまたまその番組のことが話題にのぼった。なんとその場にいたほとんど全員が、その番組を見ていた。わたしが「かつて知り合いだった」と言うと、みんな異常なほどの興味を持ってどんな人物だったか聞いてきた。そして、ひとしきり彼女の話題で盛り上がったあとで、誰かがぽつりと言った。
「すごーく幸せそうで、すごーーーくおいしい状況なんだろうけどさあ、
・・・ひとっつもうらやましくないのはなんでなんだろう?」
すると全員が、そうだよねえ、なんでかうらやましくないよねと言い、どうしてだろうということになった。
「きっとわたしたちは、苦労しすぎて心がひねくれてるんだね。」
「そうだね。きっと素直じゃないんだね。だめだねこんなことだから幸せになれないんだね。」
口ではそう言いつつも、やっぱりうらやましくないわたしたちであった。
あれからまたさらに、何年もたつ。
わたしはあいかわらず貧乏で、マンガもたいして売れずほめてくれる人もなく、結婚どころかこのままではおそらく一生誰とも愛し愛されもせず、どこぞの川原で野たれ死んでそのまま野ざらし無縁仏というコースがほとんど見えたような人生を送っているが、今でも彼女のことは、何の意地でも見栄でもなく、やっぱりひとつもうらやましくはない。
なんでだろう。

(2001・3・17)


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