呪われた一族

わたしが子供の頃、家の父のタンスの上の梁のところに
「大入袋」がみっつよっつささっていました

会社がシャレでくれたのか、
それとも父は広告業界の人だったので芸能界とも少し出入りがあり
そのつながりでもらったのかわかりませんが、
家では「そこに大入袋があること」がいつしか当たり前の風景となって、誰も気に止めることなく長年暮らしていたのでした。

さて
わたしが中学に入った頃、家を増築することになり
その大入袋がささっている側の壁がぶち抜かれることになりました。
いよいよ部屋の中身の大移動が始まったある日、わたしが学校から帰ってくると、母が
「おねえちゃんおねえちゃん」
と小声でわたしを呼ぶのです。

見ると、母のヒザの上にあの大入袋たちが。

そして中から数枚の
伊藤博文が出てきたではありませんか。
(さすがに聖徳太子ではなかった)

ぽ 「・・・・・・、なにこれ」
母 「入ってたんだよずっと。てっきりカラだと思ってたんだけど。」
ぽ 「10何年ずっと入ってたの。」
母 「そう」
ぽ 「・・・・・・・・・。
  おとうさんは知ってるの。」
母 「・・・・・・たぶん知らないと思う・・・・・・」


今までにも何べんとなく書いたと思いますが
うちの実家は貧乏でした。
ただ、
その貧乏っぷりにはわたしは子供心にじゃっかんの疑問を抱いておりました。

わたしの実家のある町は、「関東のフィリピン」とよばれております(嘘)。
つまり、巨大電機会社の部品工場がいくつも立ち並び
「農業では立ち行かないが都会には住めない」という人たちがそこで安い賃金で働き一家を養って細々と暮らしている、
そうやって成り立っている町なのです。
同級生の中にはいわゆる「長屋」に住んでいる子も大勢おり、
家に風呂がないとか、電話やテレビがないとかいうはなしもめずらしくありませんでした。
そんな中で
うちは、父の実家が隣町の地主であり、
しかも親戚筋に腕のいい大工がいたので
土地も家もわりと広く、しかも最初から自分たちのものでした。
父は地元工場ではなく都内の広告会社に勤め、
酒やギャンブルなどの困った趣味も一切なく、
ものすごいぜいたくをしなければ充分普通に、欲しい物もほどほどに手に入れながら暮らしていけたはずなのです。

しかし

今ふり返っても、わたしたちの家は
「暮らし向き」と「気持ち」はあきらかに貧乏でした。
わたしも妹もダメづけで育てられ、おねだりなどもってのほか、
ごねると食事を抜かれ、抜かれなくともその食卓は
きんぴらごぼうやおひたしが主菜だったりする、
なにやら飢饉の時代にでもタイムスリップしたかのようなそれはそれはおそろしい枯れすすきっぷりでありました。

この不条理の謎は、わたしが大人になり
漫画とバイトでわずかながらも収入を得るようになって
初めて解けたのでした

「おねえちゃんもおとななんだから
食費ぐらい入れなさい。うち苦しいんだから。」
と言われ、それもそうだなと思い月々少ないながら母親に渡していたのですが、
ある日郵便局から、憶えのない書類が送られてきたのであります

ぽ 「オカン・・・郵便局からなんかきたけど」
母 「ああそう」
ぽ 「なんかさ わたしが積み立てしてることになってるけど
  したおぼえないんですけどなにこれ。」
母 「うん・・・あんたには関係ないよ」
ぽ 「関係ないったってわたし宛になってますが」
母 「うん・・・だから・・・
  将来困ったときのためにね・・・」
ぽ 「・・・・・・。
  この月々の額って・・・」
母 「・・・・・・・・・」
ぽ 「まさか、わたしが月々払ってるあれをそのまま・・・・・・」

将来を心配して貯蓄をするのは
今現在にゆとりがある人のすることであって、
今貧しい身をさらに削ってまでするべきことでわない。
とその後小一時間口をすっぱくして説得したのですが
「あんたのためを思ってしたのになぜわかってくれない」
の一点張りだったので、
「今まで払った分はあんたらの老後にくれてやるから
そのかわり今後はもういっさい払わない。
そんなものにまわすぐらいなら今自分で有意義に使う。」
ということで強引に決着させてもらいました

そう うちの親たちの金の使い方は
あの大入袋の一件にまさに象徴されていたのです

よくいうではありませんか
リスが冬ごもりのためにせっせと木の実を集め、
ほかの動物に取られないように苦労して穴を掘って埋めたものの
いつしかどこに埋めたかわからなくなり
春がきて芽が出てしまうという。

木の実だったらまだ芽が出て再び実になるからいいですが
お金は埋めておいたところで
火事や震災にでもあったら灰になっておしまいです
それだったらいっそパーッと使ってつかの間でも幸せな気分を味わったほうが、人生にとってはるかに有意義な気がするのですが。

そんな母も、わたしと妹が働きに出るようになって安心したのか
以前のような無駄な貯蓄癖はなくなってきましたが、
今まで「使っちゃいけない」と思っていたタガがはずれたのか
やたらあほなものばかり買うように。

数回使ったきり折りたたんでタオル掛けと化したルームウォーカー
一回使ってみたら通常のガスコンロでは使えないことがわかり
それっきり永久にしまいこまれた石焼芋専用鍋
パン焼き機と精米機と餅つき機はさすがにやめさせましたが

やはり人間、あまりに長いこと「使っちゃいけない」という意識を持ち続けると、いざ使ってもいいことになったとき何に使ったらいいかわからないという罠が待ち受けているのだなあと
しっかり親の背中を見て学んだつもりでいたのですが

先日
このわたしにも、呪われた
「ゼニうしない一族」の血が流れているのだということを
実感させられる出来事が起こりました


実は去年、なにジャンボか忘れましたが
宝くじで1万円当たりまして。
つい最近になって換金したのですが

わたしもたいがい貧乏性なので、
当たったことは知っていたものの
長いこと換金するタイミングをはかっていたりしたのです
なぜなら
ふところが裕福なときに1万円ぐらい増えてもいまいちありがたみを実感できない気がするし、
かといって物要りで出費が多いときに換金してしまっては
あっというまに右から左へ流れていってしまうので
それではあまりに当たった甲斐がない。
どうせなら、いちばん使い甲斐があるときに手にしたい。
となると考えられるのは、
なんとなくパーッと買い物をしたいときか、あるいは
ちょうど1万円ぐらいの欲しいものができたとき、
というのがいちばんなわけです。

ところが

うまいことタイミングを見計らって換金したつもりだったのに、
「換金した」という記憶自体はたしかにあるのに、
その1万円を何に使ったのか思い返してみたところ、
なんということでしょう
どうしても思い出せないではありませんか。

つい2〜3か月前のことなのに思い出せないということは、
記憶に残らない使い方をしてしまったということでしょうか。
いいタイミングでもなんでもなく、お金に困ったときにとっさに換金して何かの支払いに流してしまったのか。
自分の性格としてはそれは考えにくいのですが
やはり貧乏には違いないので、目の前の福沢さんには勝てなかったということでしょうか。
そうだとしたらあまりにも悲しい現実です。
わたしは宝くじを買うとき、絶対に「当たる買い方」はしません。
ある程度心にゆとりがあって、まあせんごひゃくえんぐらいならまわりまわって誰かの役に立てるのなら捨ててもいっか、と思えるときだけバラで5枚だけ買います。
それで1万円当たったというのはけっこうな確率です。
その瞬間の喜びはいまだに生々しく覚えているというのに、
その1万円を、銀行に山ほど眠っていた中の1枚と同じ扱いにしてしまったとしたら
(いや、宝くじの当選金ももともと銀行にあったものには違いないんですが)
なんとわたしは心まで貧しくなってしまったのでしょうか。
ささいな楽しみまで日々の生活に売り渡すような
そんなゆとりのない人間に、いつのまにかなってしまっていたのでしょうか。

などといささかショックをおぼえつつ
3日ほど前に机の引き出しの中を整理していたところ、



いちばん奥のほうから
「当選金」と書かれたレシートとともに
封筒に入った福沢さんが出てまいりました

・・・・・・・・・



一瞬、封筒に
「大入」の文字が見えたような気がしたのは
わたしの目の錯覚でしょうか。

(2002・8・14)

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