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DOKUPARA扉ログ/2008年11月

■11月27日
で、
べつにこむろの話をいつまでも引っぱるつもりじゃないんだけどさあ

あの件の報道では、音楽著作権というものについてかなり詳しくやっていて
おかげで一般庶民は知らなくていいような知識もいろいろと仕入れられたわけだけど、
ふと考えたら
わたしは一応20年ぐらいマンガ家の仕事をしているのだけど
じつはいまだに、自分の描いたもんの著作権が正式にはどうなってるのか
よく知らないんだよね。

10月頭頃、コミックターミナル関係のことがひと段落したところで
日本漫画学院の担当さんに
「原稿もっとないですか?あったら出しますよ」と言われまして。
そこでわたしは1本の、わりと長めな読み切り作品を思い出した。

それは今から3年ぐらい前にとある主婦雑誌に描いたものなのだけど、
ちょっと、自分で言うのもなんだけど普段イタい奴をあざけ笑うような話しか描いてない山田理矢にこれを依頼するか!?というような趣旨の本で。
まあでもせっかくご依頼いただいたのだし、自分でももしこのジャンルでもいけるのなら手を広げたいと思わなくもなかったので、がんばろうと思い努力した結果、ネームも作画もこりゃアンケート独占だね!この雑誌の読者のハートわしづかみだね!!もう次号から毎号掲載決定だね!!!ぐらいの(←どうせ今その作品読むことって不可能なので何言ってもいいと思ってる)会心のものが描けたわけですが。
はてさていざ載ってみたら、その雑誌って読者のお便りコーナーで、必ず前の号の全部の作品についての読者コメントを最低でも1件ずつ載せてくれるのだけど、わたしが載った次の号のお便りコーナーにはわたしの作品についてだけひとっつも読者コメントなしだった。っつうぐらい何の反応もなかったもしくは嫌われたらしく。
当然それ以後執筆依頼どころかその本に関しては連絡もなく。
そしてそれから間もなく、その雑誌の権利自体が別の編集部に移ってしまい
もうその本にわたしが一度掲載されたことなど、誰も知るよしもなくなってしまいました。

というかわいそうな子なのだけどさ(笑)

まあだから、「読者様あっての漫画家です」という原則には反するわけだが
自分では今でもこの作品の出来が悪いとはどうしても思えず
(↑ええとだから、作品のよしあしは作家でなく読者が決めるのであればプロとしてはこの発言自体が間違っているわけで、それをわかっても言わずにはいられない山田理矢なので許せない方はお帰りくざさい)
機会があればこのサイトに載っけてただで垂れ流そうかと思うぐらい
“読んでほしい”作品であったわけです。

で、

たしかそれってけっこうページ数多かったはずなので、
さすがに「な●よし」時代のものは、「青空ドッジ」と「ふみきりおばけ」以外お金とって読んでもらえる価値のある作品てもうないのだが
その読み切りを中心にすれば、あと何本か他の雑誌とかBL始める前の同人誌とかで描きちらかしたものを寄せ集めて本1冊分ぐらいにはなるんじゃないかと。

というわけでまずは、当時の編集部に
原稿の所在と著作権について確認の電話をしてみたわけですが・・・

返ってきた答えがあまりに意外なものだった。

「当社で一度描いてもらって使ったものは、
一度再録されるまで当社でおあずかりするきまり」なんだそうだ・・・

・・・「きまり」って??
そんなの契約書どころか口頭でも言われたおぼえはない。
あ、ちなみに大手メジャー誌で連載するような場合はともかく
わたしみたいに1回しか載らないかもしれない作家&作品の場合は、
初めての仕事でもいちいち契約書を交わしたりはしないのが通常。
まあ、だからとはいわないけど、もう描いてから3年ぐらい経っていて
その間再録の声もいっさいかからなかったし、わたしの知るかぎり
ここの会社ではもう、最初に掲載されたのと同じまたは似たテーマの雑誌は
作っている気配がないので、作品自体のよしあしにかかわらず
今後も当分は、再録のあてはないんじゃないかと。

やらしい言い方をしてしまえばわたしはこの作品を、おのれの「こづかいかせぎ」に使おうとしているわけだけど、ぶっちゃけそんなのどうせ微々たる額だし、何より
「この会社で再録して出した雑誌の売上による儲け」
を上回るものでは絶対にありえない。
(つまり、会社に損を与えるものではない)
つまり
もしこの会社で再録してもらえればそりゃ細々ネット配信するよりは“まとまったぜに”が入ることは間違いないわけだが、そのあてがなさそうだから、それを投げ捨ててでも“読んでもらえる方法”をとりたい。
と言ってるわけなんですけどだめですか?
と、何度説明しても「きまりですから」の一点張り。
いやだから。
その「きまり」の効力自体がそもそも疑問なんだってば。
わたしがじかに乗り込んでいって「渡せ!」と言ったらあんたら渡さないわけにいかないんじゃないのか?まあそこまでは(今は)しないけどさ。

あんまりらちがあかないので、仕方なく
「じゃああずかるならあずかるで、せめて期限をきってくれ。
最近じゃ無断転売事件なども起きてるし、
永遠にだらだらあずかられて行方不明になっても困る」
と言ったら、受話器を置いてしばらく奥と何やら相談していたが
やがて返ってきた答えが、これまた意外というかなんというか

「来年の春頃までには、絶対に再録します!」
だと(笑)

「長いこと再録しないですいませんでした」とも。

・・・え、ええと(汗
あなたわたしの言ったこと聞いてた??
再録されないことなんかわたしぜんぜん怒ってねえじゃんよ。
つうか初掲載時点でぜんぜん人気取れなかったのわかってんだから
「再録する価値なし」と判断するのが普通だろ。
たしかにわたしはあの作品が気に入ってはいるが、それがわからないほど目がくらんではいませんよ。
でさ
わたしがさんざん説得してる会話の中で、
「今そちらではあれを載せられるようなテーマの本作ってませんよね?」
と言ったら
「はい、ないですね」と答えたよね?
・・・じゃ、どーすんの??
ぜんぜん関係ないテーマの雑誌に
ぜんぜん人気取れなかった作品再録で載せるっちゅうの?

・・・・・・それ、誰が得すんの???

たかが誰にも見向きもされない原稿1本返してくれっつっただけで
こんなになにひとつ釈然としない結果になるとは思わなかったが
とりあえずあの作品の件に関しては、だまって来年の春を待つしかないようだ。

さて、ここであらためて問いたい。

この作品の著作権は、いったい誰のものなのか。



他にも同じ状態の作品を持つ作家さんが山ほどいることは間違いないわけだけど、
な〜んかみんな「そんな1本や2本のことで」って言いそうだなあ・・・・・・
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■11月26日
こむろのタイホ騒ぎなんてもう話が古いどころかすでに保釈までされたらしいですが
おまえらいかがおすごしですか。

なんかもうありえねえスピードでありえねえ量の仕事をしてました
いや諸大先生方からすればハナクソみたいな枚数ですけども。
マンガの本数にして2本、先月同人新刊をなげてからの着手でしたが
その間、仕上げまでにアシスタントさんに来てもらえたのが、5時間(笑)
「毎日5時間来てくれた」じゃなくて、この約1か月で5時間(笑)
まあ人を使うぜにも才覚もないもんで、見捨てず来てもらえただけでもありがてえもんですが。

2本のうち最初に上げた1本はまあいつもよりちょっと急いだぐらいだったんですが
2本目はイタコに頼んで手塚治虫をおろしました。
・・・はいそこ、本気で怒らない。
いやでも冗談ぬきで、
ちょっと前に出た「芸術新潮」で手塚治虫の特集をやってたでしょ。
わたしは正直手塚治虫のマンガってそれほど好きじゃないんだけども
いろんなとこから伝わってたあの人の“武勇伝”がいちいち面白いので(笑)
その手の話がいっぱい読めそうだったので買っといたんですが。
なんかすごい意外なとこで、原稿を早く上げるためのヒントみたいなもんが
いろいろと役に立ちました。あれを読んでなければ上がらなかったかもしれない。
今さらだけど、あの人のすごいとこは
今わたしみたいなぺーぺーの底辺作家でも普通にやってるような
マンガ作業のシステムとかマニュアルみたいなもんを、
最初に開発してくれた元祖だっちゅうとこだよね。
しかもパソコンどころか、コンビニコピーすらない時代に。
あんまり神様神様まつりあげるのは好きじゃないんだけども
最低そこだけは尊敬しとかにゃいかん。
(ちなみにミュシャと竹久夢二もまったく同じ意味で尊敬している)
・・・まあなんぼヒントになって助けられたところで
できあがったもんのクォリティは1000分の1だけどな
というツッコミは聞こえないようにこっそりおねがいします。

具体的な日数とか速度みたいなもんも書いとこうかと思ったけど
なんか実際数字にしてみたらたいしたことないような気がしてきたのでやめた(笑)
まあ同人誌なんかじゃ手伝いなしでそれくらいの速度で描く人ざらにいるし
逆に「どうせクォリティ落としたんだろ」と思われるのがオチだ
(一応言っとくと、自分ではデジタル作画を取り入れる前よりは手を入れられたと思っている)
というかそれ以前に、わたしがそこまでしなきゃならないのは原稿料が最低の貧乏生活だからどんなスケジュールだろうと依頼を断るわけにはいかんからで、原稿料が最低なのはマンガがつまらなくて人気がないから不満ならべつに描いてくれなくてもいいんだよ代わりはいくらでもいるんだからねといわれているからなので、ダメ作家相応の悪あがきをしてるだけにすぎないんですが。

貧乏なダメ作家にいちまんにせんえんいつくれるんですかあそうさん。
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■11月3日
朝ごはんがなにもなかったので買いに行くついでに
朝から銀行やら郵便局やらまわってるあいだに
こむろがたいほされてて笑った。
あっちゃこっちゃのワイドショーで「栄光から転落への軌跡」とかやっててすげえ見ちゃいました。
預金100億って。
うちらなんかたとえば何百万かあるとしても、ちょっとでかいもの買ったらいちばんでかいケタの数字まで動いちゃうこともあるから、たいがい把握しとかないとまずいと思って生きているわけだけど
10ケタもあったら、毎月の生活費やちょっとした家電買ったぐらいじゃ「末端のほうの数字」しか動かないわけだから
(こむろてつやの生活で毎月生活費と家電にしかぜにが出ていかないわけがないだろうというツッコミは置いといて。ああいう人間が毎月なににぜに使ってるかなんざ想像つかんわい。ていうか想像つく人間世界でも何人もおるまい。)
そりゃてめえの所持金把握しとけってほうが無理だわなー。
ちなみにこむろの音楽に関しては、TMNが売れまくってた頃
まだ中学生か高校生だった妹がバカはまりして1日中がんがん流していたので
ヘドが出るほど嫌いでした(笑)


冬コミ、奇跡的に受かりました。場所もそんなに悪くなくてたすかった(涙
今月後半には今抱えてる仕事も片付くはずなので
その後入稿しめきりまではちょっと集中して準備しようかなと。
スペース等同人コーナーに上げてます。

あとイラストギャラリーも、やっと構成直しました(笑)
なんで1回玄関通らないと絵が見れないようにしてたんだろう??
まあそのページ編成作った当時はそれがベストだと思ってたわけだけど
何を考えてそう思ったのかが理解できんよ・・・
メインの展示場よりもゴミ絵のほうが先に見れるって・・・(涙
「描きおろしは増えない」と書きましたが、あと何点か昔のモノクロ絵と
昔のサークルから出してた便せんコーナーも作る予定です。
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■11月3日
ちょっと前に森三中の黒沢を見たとき、
あれ、こいつもっとひどいデブだった気がしたけど?
と思ってたらやっぱり気のせいではなくダイエットしてたようだ。
あいつ森三中で一人だけデブじゃなかった頃から
すでに森三中の中ではいちばん変な奴だったので、
なにもいっしょになって太らなくても充分面白いのに、と思っていたが
やっぱりデブ二人としょっちゅういっしょにいるとそういうことになるんだろうか。

なんかデブ気味の女芸人何人かでいろんなダイエットをさせて
成果を競わせるというテレビ番組の企画らしいが、
もはやこういうのを見ても、最初から
「どうせ戻るくせに・・・」と思ってしまう。
一応ああいうのは、あくまで「一般人にダイエット方法を提唱するためのモデル」であって、タレント自身の体のことなどリアルに考える必要などないのだ、
ということはわかってはいるのだけども。
それでも、
今までさんざっぱら「デブ芸能人を使ったダイエット企画番組」は放送されてきたが、
「そのままやせた体を維持し、なおかつデブタレントとして築いた地位をまったく下げずむしろデブじゃない普通のまたはいっそイケてるぐらいの芸能人として上昇していった人」というのは、思い返しても一人もいないような気がする。
これをネタとして書こうと思いついてから数日、誰かいないか忘れてないかと考えていたが
やっと思いついたのが片岡鶴太郎ぐらい。
でもあの人「デブタレント」と認識されるほどじゃなかったしなあ。
(80年代、ひょうきん族でマッチのものまねをしていた頃はブヨンブヨンだった。
その後ボクシングに目覚めて絞ったらしい)
しょせん「デブタレントとしておいしい」と認識されてる人って
企画でダイエットしてもすぐ戻されちゃうんだよね。
なんで戻されちゃうかはまあ事務所の意向か、本人の意思(やっぱデブのほうが楽に仕事が来る)か、はたまた単なる本人のだらしなさか、まあそこのところは人によっていろいろだろうし大衆に向かって明かされることなんてないんだろうけど。
そろそろ一人ぐらい戻らない奴を見てみたいもんだが。


ちょっと早すぎるかとも思いましたがカンバン替えたので↑
ついでにこれの原画を含む4枚、ギャラリーに入れました。
まあこのカンバンも一応「秋」を意識して描いたので
秋じゃおかしいという季節になったらまたすぐ替えなきゃならないんだけども。
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