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DOKUPARA扉ログ/2016年

■12月29日

せっかくここ立て直すってきめたんだから、せめて週刊ペースぐらいでいこうかの、
と思ったけどなかなかそうもいきませんな(汗

そんなこんなで気がついたら2016年も終わっていくらしいですけど
今勤めてるところは年中無休の通販会社なので、30日〜元日まで普通に出勤
その後2日から1泊で一応実家に顔を出さねばならないので、わたしとしては単純に
「来週はいつもの休みが2日も減ってしまう」ということのほうが問題だったり。

ちょっと前に先輩の派遣さんに、年末年始はどんなかんじになるのか訊いたら
「レギュラーは休む人が増えるので、業量減らして派遣は増やしてどうにかまわす」
とのお答えだったけど、
先月末あたりからもう暴力的ともいえる業量爆発っぷりなので
年末にきて突然業量が減るなどとはとても思えませぬ(汗

社会人になってからこっち、正月が休みだったことなんかほとんどないので
出勤とか休めないとかはべつにかまわないんだけど、
残業はちょっとイヤだのう。。。


今行っている派遣先は、今までのところより平均年齢がかなり若くて
しかも現場リーダーたちがギャル娘さんなもんで、やりにくくってしょうがねえ
ということはちょっとブログに書いたんですけど、

5か月が経過した現在。
どうも、出荷のフロアのギャルたちにはちょっと気に入られている気配(笑)
うわあうれしくねえ(笑)

そりゃあこんな末端の労働の派遣なんて、
それしかこの世にできる仕事がなんにもない、つい昨日までこたつで寝っころがってニートしてたような奴もいっぱい来るんだから
そんな中で、
かつては自分で営業して仕事とって、
独立資金ためて自分で給料払ってアシ雇ったりしてたわたしは
夢のように優秀でしょうよ。単に比較対象の問題よ。

でもさ
その評価は、間違ってるんだよ・・・

最初に面接受けて派遣登録してから、もうちょっとで丸5年になるけど
始めて2年ぐらいの時点でわかった。

派遣として使いでがいいのは、教えていないことまで先読み先回りをして動けるよく気のつく人なんかじゃなく、
教えたこともろくにできないでくのぼうのほうです。

だってそもそも、雇う側にとっての派遣のいいところって
「いつでもカンタンに切れる」
「昇給昇格させなくていい」だもん。
ちょっと頭の回る人ならそれに気づかないはずはない、というより
最初から、それありきで入ってきてるでしょ。
こういう人は、まあだいじにしなくていいということにはならないけど(笑)
目をかけてかわいがったって、自主的にとか会社の方針でとかでいついなくなるかわかんないし
「目をかけてかわいがったデキる人」であればあるほど
いなくなったときの穴が大ダメージになるわけで。

それだったら、使えないバカをだいじにだいじにおだてて
せめて長続きさせる努力をしたほうが、まだ有意義といえるんじゃなかろうか。

まあそうすると、派遣にやらせられる仕事って
「バカでもできる」レベルに絞られちゃうわけだけどね。
もしかしたら、最初はそうだったのかもね。
でもまあ大勢使ってるうちに
あれ、こいつちょっと他の奴よりデキんじゃね?じゃこっちもやらせてみっか、
みたいなことに、そりゃなるよね。社員だけじゃ手が足りないときもあるし。

雇う側にも「派遣の扱い」って、けっこうなジレンマなのかもなあ、と
思うことがしょっちゅうありました。

こういうことにむこうも気づいたからなのか、何なのかはわからないけど
前の派遣先は、おもに日雇いばかりを出している別の派遣会社が台頭してきて
わたしが登録してるところは出勤日数多めでレギュラー扱いな人がほとんどで、
それでウチだけが派遣切りされたってことは、やっぱり
「もう派遣は日雇い中心でいこう」ってなったんじゃないかという気がする。
ま、正しいっちゃ正しいよね。
正規雇用の人たちは「これからすごく大変になる!」って嘆いてたけど。

この間、なにかのクイズ番組で
「日本の社会人の中で、非正規雇用者の割合は?」という問題が出ていて、
答えが具体的にいくつだったのかは憶えてないけど
「えっ?そ、それってもう日本、ダメなんじゃん?」
と、
アシスタントや学生時代のバイトも合わせたら非正規雇用歴何十年になるかわからんわたしが
つい不安をおぼえてしまう数字だったことはたしか。

・・・わたしなんかの比じゃないぐらい、優秀でキャリア長いレギュラー派遣も
いっぱいいるんだよねうちの派遣元からの人って。
ちょっと家計を助ければいいぐらいの主婦の方はともかく、
はたらきざかりの男の人たちなんか、どう考えてるんだろうとずっと思ってたよ
余計なお世話だけど。
今の派遣先は年中無休だから、へたしたら週6勤の人とかいるし。しかも残業ありで。
残業2時間と昼休み合わせたら1日10時間半、週6日これだけ会社にいたら
残りの時間で「派遣じゃない仕事に移る算段」なんて、とてもつけられるわけがない。
しかも派遣先の都合で切られたら、またどっか別のところで新人からやり直しだし。

年金出るまでこれでいけるとか
本気で思ってるんだろうか
っていうか
年金も、払ってるとはかぎらないしね非正規雇用みたいな人たちって(汗

ぜには多少貯まっても、一生それのくり返しだけの人生なんて
考えただけでぞっとする、というより
「そうゆう人生を生きてる自分」がまったく想像できないわたくし。
だからたとえ破綻してでも意地でも抜け出して、
絶対絵描きに戻ってやる!と思い続けておるわけです。

わたしがよく気のつく使える人なのは、こういうことを考えてのことなのだなんて
上司のギャルちゃんたちは、夢にも思わないであろう(笑)
ま、言わないまま辞めるけどね。わたしのことなんてなにも知らなくていいですよ
わたしもあなたたちに興味ないし。


ということで、世間並みにのんびりお正月する必要もとくにないので
引き続き、やらなきゃいかんことを片付けていこうかと。
ここもリニューアルするんだけど、玄関も中身もいっぺんに全部一新して、
ってなると大変すぎてまたいつまでたってもやらないので(笑)
要所要所のレイアウトや動線をもうちと整えたいってだけで、「中の具」をぜんぶ替えるわけじゃないから
できたとこからひとつずつ上げていくことになるでしょう。
あんまり気長にやってていいこととは思わないけど、なにも手をつけないよりましよ。うん。

てことでまあ、気が向いたら来年も、よろしく。
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■12月19日

しかし何だね、3年半放置している間にいつの間にこの国は、
坊主でもないジジイが般若心経を唱えて
お給料もらえるようになったのかね?


↑この書き出しが浮かんでから早や、十数日が過ぎ去ってしまっているという(笑)
何だっけこれ、何のニュースのときだっけ?
たぶんカジノ法案成立だとかあのへんだったと思うんだけど

こんなかんじでこのコーナー設立以後十数年、ずっと
おそろしいいきおいで旬を逃しまくっているDOKUPARAでございます(涙

旬といえば、あれですね
逃げ恥とかゆうドラマが話題のようですが

前回書いたとおり、今通販会社で働いているんですが
出荷する商品を仕分けしていて、初めてこのドラマが、マンガが原作であると知りました
そんでもって

つい昨日のことですが、
めずらしく集荷のほうのフロアにまわされまして
集荷のフロアは終日FMラジオが流れているんですが

それで流れていた番組に、その原作マンガの作者である
海野つなみさんがゲストで呼ばれておりました


・・・海野つなみさん。
去る昭和から平成へと替わったその年の6月、
K談社の少女・女性部門の新人マンガ賞の授賞式に
まさに、同じ受賞者として同席したオイラでありました。
(賞の格はむこうのほうがだいぶ上でしたけど)

それからじつに
オリンピックが7度めぐるほどの月日を経て、
かたや大ヒットドラマの原作者としてラジオ番組に呼ばれ、
かたやそれを、老体に鞭打って時給950円の肉体労働にいそしみながら聴いているという(笑)

なんかスゲエめぐり合わせだな、と思ったら
このことを知っているのはこの世で絶対に自分ひとりだけなので
それが無性にもったいなく思えて、ワールドワイドウェブにさらしたくなりました(笑)


このサイトのこのコーナーって、
webにはいい子ちゃんなことしか書いちゃダメ!と思っている大多数の方からすると
もうなんでもかんでも考えなしに言いたい放題って思われてるかもしれませんが
じつはけっこうわたしの中では線を引いていて、
以前だったらこういうことは、
「客観的にみてあまりにもイタすぎる」と判断して(笑)
「書いちゃダメなこと」に分類していたのですが

あれだね
「イタさ」って、時が解決するんだね(笑)

もうだいぶ、
「書けないこと」「書いちゃダメなこと」が減った気がします
まあでも逆に
「こんなことわざわざわたしが書くまでもないよなあ」なことは増えてきている気がするので
「線引きの位置」は変わったけど「線の左右の量」はそんなに変わらないか??

ついったというものができて、
案外みんなそんなこと考えてるんだねー
そんなにみんないい子ちゃんにしてるわけでもないんだー
ってわかっちゃった部分がだいぶあるのよ。

ま、そう言ったって
昔のログと読み比べて、他人に違いがわかるのかどうかはさだかではありませんが。


イタいついでに言えば(笑;言わなくていいだろ)
あれは何年前だったかなあ、
都会で大きな本屋をうろついていたら、安野モヨコさんのMOOK本が平積みされてまして
・・・たぶんどっかの雑誌の特別編集版だかなんだか?で、大判サイズのイラスト集も兼ねて
とにかくそれを読めば現時点での安野モヨコさんの経歴だの代表作だのがぜんぶわかる、
というような本な。
それをぱらぱらと立ち読みしましたところ

・・・たしか、その平成元年6月の受賞式に
赤の、ノースリーブタートルネックでおっぱいの谷間がギリギリ見えないぐらいの位置に
でかい穴が開いているっていう、
わあこんな服ほんとに売ってるんだーこんなとこに着てくる人いるんだー
という印象のいでたちの人がいまして、

たしかその人が、安野モヨコさんて呼ばれてた気がするんだけど。

ってずっと思っていたら、まさに
そのときの写真が載ってました(笑)
そうなんです
あの人も同期デビューなんです。

その写真は受賞者の集合写真だったんだけど
わたしはギリギリ切られていて載ってませんでした(笑)ご配慮ありがとうございます。
いやまあ、切られてない人たちも顔はボカされてたと思いますが。

思えばとにかくあの頃は、おしゃれにも美容にも1ミリも興味がなくて、
というふうを装いながら心の底では、ファッション誌に載ってるような服を買って着こなしたり、メイクや髪型をいろいろ工夫して楽しんだりしている他の女の子たちがもう呪い殺したいぐらいうらやましく、
かといって自分はクソデブのクソブスなのはじゅーぶんわかってるんでいいですよ、あんたたちとは別次元で生きていくんだから何の興味もないですよ、
という演技を全身全霊でおこなっては日々意味のない疲労コンパイにみまわれるとゆう
もう屈折が何周もまわっちゃってる、まさにイタさのゴンゲでありました。

そんなあの頃のイタさっぷりにくらべたらこの平成28年末における現状なんて
ハナクソみてえなもんです

ハナクソでよければまた読みにきてやってくざさいヒマ人ども


旬は逃しまくっているものの
一応、サイト再構築のための構造図だの、トップページのデザインだのは
帳面に書き起こしたり、トプ画に使おうかという絵を描いてみたりと
水面下ではごそごそやってます。

わたし、海野つなみさんがまだ漫画家やってたってことも知らなかったんだけど、
でもって、「わあまだ描いててくれてうれしい!」ってほどぶっちゃけファンでもないし(失礼)授賞式以後交流もほとんどなかったんだけど、
唯一「まだK談社にいた」ってことだけが、なんかちょっと感慨深かったっていうか。
まああの頃、90年代前半頃に仲良くしてたK談社の漫画家さんたちって
みんなほとんど廃業したり、他へ移ったり、他へ移って廃業したりで(←これは俺)
自分はまだ漫画家をやってた30を過ぎた頃に初めて
「あ・・・少女マンガ家って、若いうちに荒稼ぎして早くに足洗っちゃう職業だったのかー・・・」
って気づいたりしたので、
「普通にそのまんまずっとやってる人」なんてほぼ皆無だと思ってたもんですから。


古くから読んでてくれた人が、なんかのはずみでここをまた見つけて
「えーDOKUPARAってまだやってたんだ!」
って思ってくれたら、ちょっとうれしいかなと。

まあそんなかんじで。
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■2016年12月6日

3年半放置しておきながら、最近絵画ブログのほうがすっかりDOKUPARA化してきているので
じつはあんまり久しぶり感がなかったり(笑)

モニタ越しに石ぶつけられまくりな気がする
ハイパーメディアご老体・山田理矢ですこんばんは。どうもどうも。

しかも、さっき書いたブログ記事
2014年の夏から更新してない」とかほざいてるしね。
このごにおよんで1年サバ読んでやがる。いやそういうわけではなくてですね。
急いで確認したから読み違えただけですよ。ほんとだってば。

ブログやツイッターではすでに言ってるんですが、このたび
だいぶ深めに関わった書籍が発売されることになりまして。
それでまあ一応、お買い上げいただいた方が名前で検索したりすることもあるかと思い
それでたどり着かれたここがこのていたらくではイカンだろうと(笑)

・・・前のテキストでも同じこと言ってるけど
ほんと「そんな理由でしか更新しないならやめちまえ」と
ごらんになってる方全員から思われてそうですが(汗

ともかく
3年半も経てば、現状このサイト内の記述と違ってきていることが多々ありますので
そこだけでも訂正しとかんことには、
ことに最近ありがたくも、印刷物用の絵のご依頼もいただくようになってきているので
余計な誤解を招いてご迷惑をおかけすることは極力避けたいと思ったしだいでございます
そんなわけで

検索で見つけてくださった方
どうも初めまして。山田理矢と申しますどうぞよろしく。


で、あらためまして
まず手始めに

漫画家としての活動は、2009年一杯ぐらいで辞めております。
まあレディコミとか恐怖マンガあたりでは、いまだに年に数本再録されておるようなので
出版物だけを見ている方には、こいついまだに描いてんだかどーなんだかヨクワカラン状況かもしれませんが
商業マンガのお仕事をあらたに受けるということは、しておりませんです。

で、
2010年以後から更新途絶える前までの、まあいわゆる
「現時点で表示されてるココ」において、やたら主張している「レトロ少女画家」ですが(笑)

ぶっちゃけ、ここのところさっぱり描いておりません(汗

ですが、「やめた」とか「描けなくなった」とかいうことではないです。
まあなんといいますか、なりゆき上というか(笑)
本人は今でも、描いたら描けんじゃね?ぐらいに思ってます。
要するに、環境だの心境だのの変化で描くものがガラリと変わったりですとか、
そこまで繊細なゲージュツカではないので。・・・あ知ってた?あ、そう。

そんななりゆきで、ここ2年ほどは、猫とか植物とか食べ物とか、
あと風景画の練習したり、リアル人物のデッサンの練習したりと
いわゆる「普通の絵」を多く描いております。

・・・このへんの、描くものの変遷みたいな事情については
ブログで書いたような気もするんだけど、まあ
あるかどうかもわからんその記事を発掘するよりもう一回書いたほうが早いので(笑)
おぼえてたら次回ぐらいに。
・・・次回って何年後だ?とか言わなくていいですよごるあ。


そして、
生活費を得るための会社勤めですが。
一応、2012年に登録した派遣会社にまだ籍を置かせてもらって続けております。
ですが、今年の夏ぐらいから、なんとか
「足洗うまで秒読み」に入ったかんじかなと。
うだうだと「こうなってから辞めよう」なんて言ってないで
思い立ったらズバッと辞めちゃうっていう手もあるんですけど(笑)
あまりにも無計画に辞めちゃったらそれこそ、
「会社勤め生活に入るはめになったとき」の二の舞になるので。
もうちょっとだけ、最低限の算段はつけてからにしようかと。

ただ、まあ派遣ですので勤め先はかなり転々としました。
これの前の記事(2013年8月4日付)で書いている、バッタまゆげのいる職場(笑)は
もう言っちゃうけどあまぞん倉庫です。集荷の仕事してました。
ざっくり経歴を書きますと、

2012年3月
面接受けて最初にK工場に配属

2013年7月
K工場がヒマな時期にあまぞんに移される

2013年10月
あまぞん気に入ってたのに3か月でK工場が忙しくなって戻される

2014年10月
現場でケガをして、その対応があまりにひどかったので
派遣の更新を一時保留にしてもらって近所の町工場に勤める

2014年11月
新人をいびるだけが生き甲斐のババアがいて
ストレスで不整脈起こしたので1か月で辞めてふたたびK工場へ

2015年2月末
横暴な社員にさからってK工場クビ

2015年3月頭
G倉庫の集荷&出荷の仕事を紹介してもらう

2016年7月末
G倉庫が派遣切りしやがった

2016年8月頭
通販会社Lの集荷&出荷の仕事を紹介してもらう

・・・で今に至る。というかんじです。

もうほんと、コッチの仕事に関しては
悪口しか出てこないんで(笑)
あんまりねちねち記憶をほじくりかえすのも精神衛生上よくない気がしますので、
まあ、ちょっと面白いなという出来事だけ、思い出したら書いてみようかなと

要するに
「会社勤めを辞める」っていうのと「ココを本格再始動する」っていうのは
わたしの中では連動していかなくてはならないことですので、
ここのテキスト以外にも、いろいろいじっていこうと考えております

・・・考えてるそばから、さっき1時間以上かけてこのテキストの下書き書いて
玄関チャイムが鳴ったので出ている間に、PCが原因不明のシャットダウン起こして
保存してなかった下書きがまるごと消えるという

早くもすべてのやる気が失せる出来事が起きたりなんかいたしましたけども(涙
がんばって2度目書いたよこのやろう
なんだってこの歳で、こんなくだらんことで記憶力と忍耐力試されなきゃなんねんだ
何の罰ゲームだごるあ

そんなかんじで

よっぽどひまでしたら、生温かく見守ってやってくざさい。
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