道具について、といってもべつにオタク的にいろいろ調べたりしたわけでわなくてですね
最初は第1回に書いたように、仕事で使っていた墨汁のツボに100円ショップの筆をつっこんで書いていたわけですが
さすがにそれではいろいろと不自由が生じてきましたので
ちょっとここらで「今はこんなん使ってます」みたいなことを書いておこうかと。

まず、さすがに仕事用の開明墨汁の小ビンではあまりに減りが早いことに気がついたので(←最初に気づけ。)
実家に電話をして、押入れに入っている子供の頃のお習字バッグの中身で何か使えるものがあったら送って、ついでに残りの使えないもんを処分してほしいと頼みまして
そしたら硯と使いかけの墨が送られてまいりました。
他にも折り目まみれの下敷きとボロボロにさびた文鎮が届いたんですがさすがに使う気になれず処分。
で、とりあえず硯ですが

じつは子供の頃ろくに洗った記憶がないので

陸の真ん中の広いところをわずかに残して
周囲と海の中にびっしりと墨汁カスがかたまって
ほとんど硯の石と同化状態

なんで洗わなかったかというと
たぶんいつもお稽古時間が終わる頃には
注いだ墨汁も使い切って乾いていたので
「黒いからべつにいいだろう」とか思ったんだろうね。
↑じつは今でもこういう性格はそのまんまで
「足で踏むところなんだからべつに汚くてもいいじゃん」ですとか
「どうせ汚れたもんを置く所なんだからカビぐらい生えててもいいじゃん」ですとか
そういった考えに基づいて行動しがちでして
もしかしたら本人も気づかないところで人間関係にヒビを入れている可能性も充分なわけですが
まあ人間関係はどうでもいいとしても
当時は家が貧乏だったにもかかわらず、
しかも「お道具を大切にあつかう人でないといい字は書けません」とさんざっぱら言い聞かされていたにもかかわらず
「道具を大切にする気持ち」というのはほとんどなかった気がする

当時って今ほどモノが安く大量生産されてなかったから
書道用具も学童向けとはいえ
今ほどいいかげんな安物じゃなかったと思うんだよね
にもかかわらず

事実 いいかげんに扱ってても
クラス代表とかにはなれたわけで(・・・・・・・・・)

まあそんな時代に思いをはせつつも
とりあえず今は目の前の墨汁カスをどうにかしなくてはいけないわけで

端から千枚通しでつついてみましたら
幸い墨汁部分にだけヒビが入ってきましたので
とりあえずでかいかたまりはすべて砕き落としましたが
やはり海の隅のほうとか表面に薄くこびりついてるやつとかは落としきれませんので

ついマイナスドライバーで
ごりごりやってしまいました

汚れは落ちるには落ちましたが
ものすごい傷だらけになってしまいました
この状態と、墨汁カスまみれの状態とで
はたしてどちらが道具の神様のお怒りにふれるかと問われたら
軽く2〜3日は悩みそうなところですが
まあこまかいところを気にしなければどうにか使えないこともない姿にまではもっていきました

せっかく墨も送られてきたので
使ってみることにしたわけです

じつはこの墨、お道具箱に入っていたという記憶はあるにはあるんですが
買ってもらった記憶や使った記憶はいっさいないんであります
いつからそこにあって何故使いさしになっているのか
ましてやどれくらいの価値のものなのかなどいっさい不明

そもそもわたしは「墨を磨って文字を書く」という行為を
したことがないんであります。
子供の頃、「本当はお習字は墨汁じゃなく墨を磨って書くものだ」と教わって それじゃあと試しに磨ってみたことがあることはあるんですが

いつまで磨っても書けるような濃さにならない

(↑当然正しい磨り方など知らなかったため
硯の海になみなみと水をためて磨っておりました)

だいたいが、子供のときって学校でも塾でも
1回のお稽古に使える時間てせいぜい1時間ぐらいじゃないですか。
その中で墨を用意するのにかけていい時間というとどう考えても長くて5分
5分で硯の海を文字が書けるぐらい濃い墨で一杯にするというのは
こりゃあ子供の力では所詮無理なのだ、と
悟って以来いちども試した記憶はなく

したがってこの一度きりの実験で
「使いさしだ」とわかるぐらい墨が減ったというのは
到底考えにくいわけですが
まあそこは追求したところで自分の人生にたいした実りがあるとも思えないので忘れることにしまして

今は市販の教科書とネットで
かろうじて正しい墨の磨り方の知識はあるわけでして

さっそくそのとおりためしてみたわけですが

そのとおりためしてみたつもりなわけですが


・・・なにやらあまり具合がよろしくありません


硯について解説してあるサイトなどによりますと
よい硯の面には細かいザラザラがあって
これで墨の粒子が削られて墨液ができるのだそうですが

磨っている手にこのザラザラの感触が
まったく感じられないのです

しかも何とか出来上がった墨液は
なにやらうすらぼやけて濁ったねずみ色
(ちなみに水に対する濃度が足りなくて薄いわけではありません)
はて これが正しい「磨った墨の色」なのだろうか
まあわたしは仕事でも墨汁を長年使っているので
墨汁の黒さに目が慣れてはいるわけですが
さりとてこんなに違っていいものだろうか

そこではたと気づいたのが
「硯がよくないせいでは」と。

もとはそれなりのいいものかもしれませんが
長年の雑な扱いにより表面のザラザラも用を成さなくなっているのではないかと。
もしそうだとすれば、安物でも新品でさえあれば
今のコレよりは使えるはず。
そう思ったわたしはさっそく文具店に行き
400円ぐらいの量産品のセラミック硯を買ってまいりまして
さっそく墨を磨ってみました。

さすがにザラザラ感はダイレクトに伝わってまいります
磨れている感じはばっちりです
・・・・・・が

一度目の磨り上がった墨液を海に落とし
2度目の水滴を陸にたらしたところで
思わぬ落とし穴に気がつきました

普通、硯の陸の部分の断面図って
こうだと思うんですけど

買ってきた硯の陸の構造は
どうもこうなっているらしい

ようするに
両端のミゾを伝わって、まだ磨っていない水が
どんどん海へ流れ落ちてしまうのですよ(怒

これは構造的欠陥というより
最初から墨汁しか使わないという前提で作られているような

買った意味なしですか。
銭うしなってますか俺。
だったらパッケージに
「墨は磨らないでください」とか書いとけよクソアホンダラ
しまいにゃ豆腐のカドにぶつけて割るぞこのボケがっ

・・・仕方がないので一旦墨はあきらめることにしまして
その後学童用ではない、大人用の作品用墨汁なるものも売られていると知り でかいビンで買ってきて使っておりました
まあ墨が磨れたとしてもそう毎日では手も疲れて仕事に支障が出るので
練習や通常の競書にはこれで充分かと


その後
じつは墨というのは、まったく力を使わずに
ものすごい時間をかけて気長に磨って作るものだということを
だいぶ最近になってから、ひょんなことで知りました。
(ようするに正しい磨り方の知識は得ていても
「5分ぐらいで用意しなくては」というところは
そのままだったわけです)
試しに仕事がヒマになったとき古いほうの硯でやってみました
テレビで戦争報道なんか見ながら30分ぐらいかけて気長に磨ってみましたところ

同じ墨と硯なのに
前のときとは見ちがえるぐらい美しい黒に

文字を書くと、にじみのところに
青光りすら見えるじゃありませんか
ううむ芸術

まあこんなこともちゃんと先生についてじかに教わっていれば最初からわかっていたことなのかもしれませんが
わたしはたぶん、どんなに「ちゃんと墨を磨ったほうがいい」と言われても
これっくらいの回り道がなかったら自分の目で見てどう「いい」のかわからなかったし、
時間をかけて磨った墨と5分ぐらいでガリガリ磨った墨でこんなに色が違うということも、いくら口で言われても
「だって黒は黒じゃん」としか思わなかったであろうことは容易に想像つきますので
そう考えたらクソ硯をつかまされたことも決して無駄ではなかったわけです
ちなみに今は古い硯は墨専用にして
普段の墨汁のときはセラミック硯を使ってます
やはりなんぼ美しさがわかったところで

毎日何十分も磨ってられるかっちゅんじゃアホー。


と、伝統芸術にツバを吐きかけたところで
筆についてはまた次回に。

(2003年4月14日)

追記

上であんなことをほざいたばかりだというのに
硯を衝動買いしてしまいました

なんかすごいんですよ
黄色いんですよ石が
(うんこいろっていうなこのやろう)
しかもけっこうデカい。6号とか書いてありましたが
(ちなみに横の湯飲みはわたしが普段茶を飲んでいるものですが
普通は寿司屋で出てきたりとかお父さん用とかにするでかいやつです)
しかも布張りの箱入りですよあなた
なんかいかにも3万とかしそうじゃないですか。(よく知らないけど)

これがじつは
サイフにたまたま残ってたぐらいの金で買える値段だったんです


たまたま残ってたったって
300円とかじゃないですよ

んでもびっくりするぐらい安かった
店の入り口のほうで、これと同じぐらいの仕様で
木彫りのケース入りのが投げ売りになってたけど
それよりもさらに数百円安かった
(ていうか木彫りのケースなんかいらないからこっちにしたんだけど)
正直値札のつけまちがいかなと思っちゃいましたよ
じつはやっぱりちゃんとした硯がほしいので、ネットでいろいろ探してたんですけど
このサイズでちゃんとした職人の手作りでこの値段っていうのはなかったです
一応このとき値段を疑ってたこともあって(・・・・・・)
売り場中の硯をなめるように物色しまして
それでだいたいわかったんですけど硯の値段というのは

■同じメーカーの同じ材質のものでも、値段設定の一段低いものは上のセラミック硯みたいに両端に溝があったり小さくヒビが入っていたりする(おそらく墨汁専用の量産品)
■四角く切ってあるものよりも石の自然の形を生かしたもののほうが、サイズが小さくても高い
■同じ石のふたがついたとたん値段が倍になる
(でもふたなんかいらない気がするんですが)

まあこんなかんじらしいです。
あとそれこそ何万もするランクのものというのは
たいていデコのところになにやら模様が彫ってあったりするみたいで
ようするにその模様を彫ることも職人さんの技術なので
道具の値段じゃなく美術品の値段になってしまうらしいです。
ってなにやらひじょうに中途半端な研究レポートのようになってしまいましたが
おそらく自分では今回買ったこれを半永久的に使うので
これ以上探求することもないでしょう

ところで
この硯、海のところと陸のところで色が違うんですが
たぶんなんか石の材質の特性で、彫って時間がたったところは変色するのかなあなんててきとーに考えていたんですが(←頭悪すぎ)

一回使ってみて、終わってから
鍋洗い用のナイロンスポンジで乾いた墨を落としていましたら

海の部分の黒がはげて
陸と同じ黄色になってしまいました(汗

塗ってあったんかよおい
ていうか
塗ることに何の意味があるんでしょうか

そんな洗い方をしたら価値がさがるとか
そもそもおまえがそんなものを持つなとかいう苦情は受け付けません

ばかのやることだからそっとしといて

(2003年4月19日)