Sorry,All texts are written in Japanese. ヤフーオークション出品ページ 猫写真ブログ「ねこふざけ。」 ◆案内所 ◆日記&テキスト過去ログ 活動告知ブログ
原画・グッズ・画像データ等の販売および無料配布のコーナーです。近日オープン。希望。イラスト展示場・お仕事依頼はこちら
↑ご用のあるほうをクリックしてお入りください↑

◆イラスト・絵画のご依頼はこちらからどうぞ◆
◆↑更新履歴↑◆

ブログ、商品等の新作アップ告知も含め、くだらないことをつぶやいています。

まとめ読み&フォローは
こちらから別窓でどうぞ。
初めての方はこちら
総合案内所

日記&テキスト過去ログ
絵画活動告知ブログ
◆趣味系コンテンツ◆

■園芸ブログ(随時更新)
■書道
■猫
I.E.8
1024×768
フォントサイズ中で作成
メールはこちらへ

■素材ご協力













愛しの猫占い。
―守り猫が福を招く―

監修:芦田イングリット
イラスト:山田理矢
2016年12月8日発売

表紙と、中の12種類の猫の各紹介ページの扉絵・12枚を描かせていただきました!

各通販サイトの紹介ページへ
↓↓↓↓↓
Amazon
楽天ブックス
ローチケ


■1月16日

猫ブログに、絵画ブログの分とともにぼんちゃんの記事を転載しました。

・・・とっとと作業しないから、またしても続報を書かねばならんことになってしまった(汗
しかし残業なくなったとはいえやはり、会社行った日はなにもできんのう。
まあ、はやくぼんちゃんと過ごしたいのと絵関係の作業の続きがしたいのとで
会社で多少嫌なことがあっても「それどころじゃねえ」と流せているので(笑)
それだけはいいことっちゃあいいことかも。
ってなんか腹黒いポジティブシンキング(笑)


さて
13日に猫用おかかを買ってきて食べさせてから、ちょっとゴハンを食べるようになってくれたのですが
こんどはこの週末の、この冬最大という寒波の影響で
くしゃみ鼻水がちょっと出てしまい、またちょっと弱りました。
一応、会社に行っている間は11時間近くも暖房をつけてあげられないので
寝床に電気あんかを仕込んで、人間用の大きい湯たんぽもあっつあつにして寝床にくっつけて
ストーブやヒーターなしでも、最低限の暖はとれるようにしていったつもりだったんですけど
健常時の猫だったら、暖房器具どころか日なたと穴倉ベッドでもあれば充分なんですが
もう血の巡りが悪くなってしまって体温も下がりがちなので、
いつも以上に気を遣ってあったかくしてやらなくてはいかんのですね。

昨夜はほんのひとくちしかゴハンを食べず、
夜寝ている間もかなり呼吸が弱くなっている感じがしたので

かなり迷ったんですけどもうほんと、「泣きの1回」ってかんじで
今朝また獣医さんにつれて行きました。

昨日ね、帰宅してから気づいたんですよ。
あ、エアコンがあったじゃないかと(汗
エアコンの暖房、入居して間もない頃「これ使えるのか?」とつけてみて、
なんだか頭痛がするばっかりで電気くってちっとも部屋が暖まらないので
以後もうないものと思って暮らしていたのでした。(冷房は使いますが)

でもこれでも、あんなに寒い日だったらないよりましだよなあ、と。

これを思いつかなかった罪滅ぼしの点滴1回。
もちろん
寒くて弱っただけならまたゴハン食べるようになってくれたらいいなあ、という希望もありの。

でも

さすがに獣医さんも、
明日また来てくださいとは言わなかった。

前回が2日、
また今回が4日しか、さいごの点滴からもたなかったのだから、
ずっとこのペースで続けることが最善とはもはやいえないのだろうな、
となんとなく察しました。

ここの獣医さんは(あるいは他の方もほとんどはそうなのかもしれませんが)
むやみに延命したりとか、なにがなんでも治療を続けるべきとか
そういうことはお勧めしない方で、
通院するだけでも弱った動物には負担をかけるということもわかっていらっしゃる方です。
飼い主がつれてくるからには処方しないわけにはいかないというだけで。

だから、
これでもう本当に、静かにお別れを待つことがきまったかんじになりました。


この獣医さんにみてもらってよかったと思うし、
自己満足のおごりかもしれませんが
こういうことを察せられる頭がある自分で、よかったと本当に思います。



今日はまだ、点滴が効いているので
たまに起きて自分で歩いて水も飲むし、おかかをなめたりもしています。
客観的に考えれば、「猫の晩年」としては充分穏やかなほうだと思います。

もうずいぶん昔、たぶんまだ実家にいた頃だったと思いますが
ある年の元日、よく晴れた朝に雨戸を開けたら
庭の植え込みの間の、落ち葉がこんもりと積もった通り道に
当時ときどき顔を見せていた野良猫が、日向ぼっこで眠り込んだままの姿勢で息絶えていました。

よく「猫は死ぬ時姿を隠す」といわれますがあれはじつはそういうわけではなく
猫は、痛いとか臭いとかうるさいとか、何か耐えがたい不快を感じた時
なににも邪魔されない狭いところへ身を潜めて不快が去るのをじっと待つ、
という習性があって、
運が悪い奴がそのまま息絶えてしまうだけだという説を、昔なにかで読んだのですが

だとしたら、その猫はそんな大っぴらな日のもとで死んでいたということは、
元々弱っていたところをさいごの力をふりしぼって朝日を浴びに来てそのまま力尽きたか、あるいは
前日日向ぼっこをしていて眠り込んだまま夜になり、起き上がる力がなく凍死、とか。
どちらにしても、
「身を潜めたいほどの不快」はなにもないまま
静かに、まさに眠るように心停止したものと思われます。

すべての猫が、こんな最期だったらいいのになあと思いました。


ではまた♪



転載にあたってブログ用の記事も書きおろしています。
よろしければ
こちらもどうぞ。


■1月13日

さて
本当に、もうさよならだっていう事態になってしまったらとても書く気になれないと思うので
ぼんちゃんが元気なうちに、続報を出しておきましょう。
予告しましたとおり、この件の記事は絵画ブログに書いた分も含め
猫写真ブログに転載していきます。
(※たぶん今日はそこまでする時間がないので、移し終わってからブログへのリンクをつけます)
重複を避けたいので、絵画ブログに書いた分の続きから。

今回、ぼんちゃんは腎機能低下からの脱水、食欲不振ということで治療をしてもらっていたわけですが

一応説明すると、腎臓というのはいわゆる体内のろ過装置で
この機能が低下すると、尿として出ていくはずの老廃物などが体内に残り
やがては全身にまわってあらゆる機能がダメになってしまうわけですが
猫の場合、この腎臓を働かせる物質が歳とともに減っていき、
自力回復は不可能とのこと。
10歳を越えた猫はだいたい罹る運命にあり、
交通事故以外の猫の死因でもっとも多い病気だそうです。

で、
獣医さんの触診によればぼんちゃんの腎臓は、すでに正常時の半分以下の大きさに委縮していて
処方してもらっている注射と点滴は、いわば
本来腎臓がやっている役割の、代用のようなことをする物質を入れている・・・だったかな、
要するに

入れている間しかはたらかないわけです。

薬を入れたからといって
「治って、もう大丈夫になる」ということは残念ながら、にどとないわけで。

でもまあ
食欲が戻れば、体力がつくので
しばらくは体内に残ってしまった毒素に勝てるそうだ。

今回、最初に病院に連れて行ったのが1月の4日、
それから4日間、1日6000円払って注射と点滴をしてもらい
(初日は結膜炎の眼薬ももらったのでもうちょいかかった)
毎日わたしが家でどうだったか報告していて、ゴハンも少しだけど食べるようになり
ツメとぎや毛づくろいもするようになったので、
じゃあ少し様子を見ましょうということに。

で、治療を中断していたのだけど
そこから3日目の1月10日にはまたゴハンを食べなくなったので、
その日の夜のうちにまた病院へ。

治るものではないとは知っていたけど、
4日治療して2日しかもたないのか・・・という現実をまのあたりにし、
これはもう、
「治療を終わりにする」
という決断を、自分で下さなければならないかも、と

そうしなければならないかどうかを
獣医さんに確認をとりました。

やはり「悪化→死に向かうことは避けられない病気なので、
今ほどこしてる治療はあくまでただの延命」だそうですが、
このへんは個体差によるでしょうが
「数日の処方で、1か月くらいは元気」をくり返してけっこう長持ちする場合もある、とのこと。

獣医さんは「まだちょっと、(治療を)やめるの早かったかな」とも言っていました。

とりあえず、10・11日とまた治療をしましたが
ゴハンは食べたり食べなかったり。
1月4日の「もうあぶないかも」という事態からは、だいぶ回復しているのはわかりますが
しかしつごう6日間注射点滴を入れてみて、
「よしもうむこう1か月ぐらい大丈夫!」とはとうてい思えない。

たとえ、今回のこのペース(5〜6日注射点滴入れて2日ぐらい元気)で治療を続けていけば何年かは生きられるとしたって
「ただの延命」にそこまでの金額を注ぎ込めるほどわたしは裕福ではありません。
というか、すでにここまでの治療費だけでもこれからかなり無理して切り詰めなければならないし。

「ケチ根性」や「貧乏根性」を抜きにして考えても、そこまでするのって
「ペットを飼う」(←いやまあ、この言葉自体好きじゃないけど)という姿勢として
なんか歪んでる気がするのよ。
人としてのバランスがおかしいっていうか。
そこまでする人もいるんだろうけど、
わたしはそうじゃなくていいな、と。

そういうわけで、かわいそうだけど
この治療は、ここまでにすることにきめました。

・・・まあこんなこと言えるのは、現時点でまだぼんちゃんが元気だからで
また当初の状態まで悪くなったら病院に駆け込んでしまうかもしれないのだけど。

先代猫のユキちゃんが亡くなったときにはもうこのサイトを始めていたのだけど、
まあ多少の罪悪感なんかもあって、そのときのことは詳しく書けないままでした。
ユキちゃんは、実家にいた頃ストレスが多かったこともあって慢性的に腸が弱い子で、
やはり亡くなる前は点滴をしてもらっていました。内容は違うだろうけど同じ6000円で。
でも、
連日通っていても良くなる様子がないので、
これ10日続いたら6万円てことだよなあ・・・と考えたら、
わたしはそこまで動物に金を注ぎ込める身分じゃない、と思って治療をやめ、
自宅で自己流で流動食をつくって飲ませたりしていました。
結局それも消化できずに亡くなってしまったのだけど。
それであとから、
6万円払っても、10日続ければ快方に向かったかもしれなくて
それならたったの6万円で済んだと思えたかもしれないのに、
なんでその可能性を考えなかったんだろう。と、
その点だけ、ちょっと後悔したのでした。

今回、当然のようにそのことを思い出しました。
あの当時よりさらにずっと貧乏なのに、6日間も治療費を払い続けたのはそれでです。

でも、

この病気がどんなものなのか、この治療にどんな意味があるのか、
当時よりも調べる手段も能力もあり、獣医さんに確かめるという頭もあり、
その上でさらに考えてみたら

やはりどうやっても、
金銭的に見切りをつけなければならない一線はどこかに存在するのだ、
と思いました。


今日は、さいごに注射点滴をしてもらってから2日目です。
ぼんちゃんは、昨夜療法食ではなくおかかだけをあげてみたら
喜んで食べたので、夢中で食べている口元に療法食のカリカリをころがしてみたら
気づかずに数粒食べました(笑)
そのままダマしてまあまあの量食べさせることができました。
今日は会社に行く日だったので心配でしたが、
帰ってきたら元気にお出迎えしてくれて、
そのままゴハンのところに行って、自主的に少し食べました。

こんな具合いに、今日は食べてくれるかな、
今日がさいごのゴハンかな、と毎日思いながらこれから暮らしていくのでしょう。
食べなくなっても、ゴハンの置いてある場所がうれしいところだと思えるように
できるかぎりつきあってあげて、おなかマッサージとかしてあげたいと思います。


これのさらなる続報があるとしたら、やっぱり
元気なうちにしか書けないだろうなあ・・・
あ、ちなみに
獣医さんのお話にあったとおりの、
「数日の治療で1か月大丈夫」のパターンでもしいけそうだったら、
無理して治療費払います(笑)そのぐらいはがんばってはたらく。

悲観ばっかりして暮らすのは、ぼんちゃんにとっても幸せじゃないと思うので。
長いか短いかわからないけどこれからの貴重な日々、
なにかと小さな楽しみをみつけていっしょに過ごしていきたいとおもいます。

では、いつだかわからないけどまた次回♪


■2017年1月11日

昨年末ここを再開した時の記事で、
あまりにもブランク空けすぎてあれこれ事情が変わってきたりしているので
追々書いていかねば、と言いましたが
全部回収するのはとてつもなく大変だろうとは思われますがまあ
年明けを機に、リニューアル準備がてらいくつか書こうかな。
と思っていたのですがー

そんな状況においても、さらなる予定外は起こり得るもので。

2001年、ここを開設して間もないときから飼い始め
ちょいちょいネタにも登場し、一時は写真ブログまでやっていた
ぼんちゃんという猫ですが
ここへきて老衰という避けようのない事態を迎えております。

絵描きをやるようになってからたびたびモデルにもなってもらい、
絵画ブログにも作品を載せた関係で、今回の発病・療養のいきさつなども
絵画ブログのほうに書いていたのですが
ここを再開したのを機に、やはり絵画ブログは制作関連の情報を中心にと
書く内容によってサイトを使い分けねばと思い

続きはここに書き、テキストログ倉庫には収納しないで
完全休眠ではあったが死んではいなかった(笑)猫写真ブログのほうに
転載して、その話だけまとめ読みできるようにしようと思います。
・・・という、今回は予告のみ(笑)報告記事そのものは後日あらためて。
というか、
実況中継的に毎日報告記事を上げるってことは、たぶんしません。
理由は昨日書いたので、
こちらに。


で、その使い分け徹底の流れで
・・・まあ今さらっちゃあ今さらですけど(汗
会社勤め関連のヨタ話なんかもなるべくここだけでやっていこうかと。
結局年末年始勤務は、
一応会社としても「大みそかと元日ぐらいは定時終業で!」と思っていたようで
その2日間は残業なかったんですけど、

31日を定時で終わらせるために、30日に夜勤を発注したらしい(笑)

いや何しとんねん(笑)

そうゆう日に出てきてる人は承知でシフト入れてるわけだし
わざわざその日だけ臨時雇いで来てる人もいるんだから、
その気の遣いかたって意味あんのか?って気がしてしょーがないんだけど。
まあそういうことよりも、管理側の気分の問題だよねきっと。
ちなみに
年末だか、年明けのちょうどわたしが出勤してなかった期間だかで大量出荷ラッシュは去ったみたいで
翌週からはなにごともなかったように定時終了になりました。

もうさ、年末はさー。アレだよ。

解散するならひっそりやれよクソが!!!

とか心の中で毒づいたりしてたんですけど(笑)
もう今までにないぐらいの出荷ラッシュを覚悟していた、アイツラの
最後っ屁のひと儲けは、意外なくらいたいしたことありませんでした(笑)
あ、そおー。あー、やっぱもう、人気こんなもんだったんだー。
ってアンチが聞いたらおおよろこびしそうな現状をまのあたりにいたしました。
いやまあ、たかが1通販会社の1地方倉庫での出荷にすぎませんけどね。
でもあれだったら、まったく名前きいたこともない
どこぞの韓流アイドルグループだののほうが、出荷量はずっと多かった。
なんかすごいよねー
たしかだいーぶ前に、ここのネタで(違ったかな・・・ついっただったかも)
「テレビそんなに見ないけどたまに見ると、そのたびに
まったく見たことも聞いたこともない“今いちばん人気の若手いけめん俳優”
っていうのが紹介されている。」
というようなことを書いた覚えがあるのだけど、
今もうそんなレベルですらないのだね。

見たことも聞いたこともない、
2ケタ人数の大所帯アイドルグループの、
すでに何年か前におこなわれたという
B道館だのT京ドームだのの大々的コンサートのDVDとかが
毎日のようにしれっと出荷されていくのよ。
もう、B道館だのT京ドームだのでコンサートをやることのすごさもよくわからないし
アイドルってものの価値もよくわからない。
とりあえず、「芸能人、多すぎ」ってことだけはいえる(笑)

どんだけ興味の持てない仕事かわかっていただけますでしょーか。

こんなクッソ興味のない職場で、うちの派遣メンバーだけの新年会をやるそうで
わたしにも声をかけてくれた男の子はたぶん、絶対わたしのことが嫌いだと思うので(笑)
それを押して義務でも誘ってくれたことに敬意を表して一応出ようかな・・・
と一瞬思ったりしたのですが、これこそ切っていい無駄なつきあいの典型だと気づいて断ることにしました(笑)
ま、出たら多少なりとも自分の情報与えなくちゃならなくなるしな。
こっちはメンバーのプロフィールにも職場の情報にもなにも興味がないので
与えるだけなのはフェアじゃない。
ってとんだくそやろうですなわたしも(笑)


・・・あ
念のため言っときますけどわたしは、
解散したあのひとたちのアンチでわべつにないですよ。
ただちょっと、だれがいちばんに消えるかなーとか
利権やなんかでどろどろにもめる奴いるんじゃねーかなーとか
想像してニヤニヤしてるだけです。ほんとそれだけ。

っつか、
1年後にはこんなことを考えたことすら忘れてるであろうことはまちがいない。


■12月29日

せっかくここ立て直すってきめたんだから、せめて週刊ペースぐらいでいこうかの、
と思ったけどなかなかそうもいきませんな(汗

そんなこんなで気がついたら2016年も終わっていくらしいですけど
今勤めてるところは年中無休の通販会社なので、30日〜元日まで普通に出勤
その後2日から1泊で一応実家に顔を出さねばならないので、わたしとしては単純に
「来週はいつもの休みが2日も減ってしまう」ということのほうが問題だったり。

ちょっと前に先輩の派遣さんに、年末年始はどんなかんじになるのか訊いたら
「レギュラーは休む人が増えるので、業量減らして派遣は増やしてどうにかまわす」
とのお答えだったけど、
先月末あたりからもう暴力的ともいえる業量爆発っぷりなので
年末にきて突然業量が減るなどとはとても思えませぬ(汗

社会人になってからこっち、正月が休みだったことなんかほとんどないので
出勤とか休めないとかはべつにかまわないんだけど、
残業はちょっとイヤだのう。。。


今行っている派遣先は、今までのところより平均年齢がかなり若くて
しかも現場リーダーたちがギャル娘さんなもんで、やりにくくってしょうがねえ
ということはちょっとブログに書いたんですけど、

5か月が経過した現在。
どうも、出荷のフロアのギャルたちにはちょっと気に入られている気配(笑)
うわあうれしくねえ(笑)

そりゃあこんな末端の労働の派遣なんて、
それしかこの世にできる仕事がなんにもない、つい昨日までこたつで寝っころがってニートしてたような奴もいっぱい来るんだから
そんな中で、
かつては自分で営業して仕事とって、
独立資金ためて自分で給料払ってアシ雇ったりしてたわたしは
夢のように優秀でしょうよ。単に比較対象の問題よ。

でもさ
その評価は、間違ってるんだよ・・・

最初に面接受けて派遣登録してから、もうちょっとで丸5年になるけど
始めて2年ぐらいの時点でわかった。

派遣として使いでがいいのは、教えていないことまで先読み先回りをして動けるよく気のつく人なんかじゃなく、
教えたこともろくにできないでくのぼうのほうです。

だってそもそも、雇う側にとっての派遣のいいところって
「いつでもカンタンに切れる」
「昇給昇格させなくていい」だもん。
ちょっと頭の回る人ならそれに気づかないはずはない、というより
最初から、それありきで入ってきてるでしょ。
こういう人は、まあだいじにしなくていいということにはならないけど(笑)
目をかけてかわいがったって、自主的にとか会社の方針でとかでいついなくなるかわかんないし
「目をかけてかわいがったデキる人」であればあるほど
いなくなったときの穴が大ダメージになるわけで。

それだったら、使えないバカをだいじにだいじにおだてて
せめて長続きさせる努力をしたほうが、まだ有意義といえるんじゃなかろうか。

まあそうすると、派遣にやらせられる仕事って
「バカでもできる」レベルに絞られちゃうわけだけどね。
もしかしたら、最初はそうだったのかもね。
でもまあ大勢使ってるうちに
あれ、こいつちょっと他の奴よりデキんじゃね?じゃこっちもやらせてみっか、
みたいなことに、そりゃなるよね。社員だけじゃ手が足りないときもあるし。

雇う側にも「派遣の扱い」って、けっこうなジレンマなのかもなあ、と
思うことがしょっちゅうありました。

こういうことにむこうも気づいたからなのか、何なのかはわからないけど
前の派遣先は、おもに日雇いばかりを出している別の派遣会社が台頭してきて
わたしが登録してるところは出勤日数多めでレギュラー扱いな人がほとんどで、
それでウチだけが派遣切りされたってことは、やっぱり
「もう派遣は日雇い中心でいこう」ってなったんじゃないかという気がする。
ま、正しいっちゃ正しいよね。
正規雇用の人たちは「これからすごく大変になる!」って嘆いてたけど。

この間、なにかのクイズ番組で
「日本の社会人の中で、非正規雇用者の割合は?」という問題が出ていて、
答えが具体的にいくつだったのかは憶えてないけど
「えっ?そ、それってもう日本、ダメなんじゃん?」
と、
アシスタントや学生時代のバイトも合わせたら非正規雇用歴何十年になるかわからんわたしが
つい不安をおぼえてしまう数字だったことはたしか。

・・・わたしなんかの比じゃないぐらい、優秀でキャリア長いレギュラー派遣も
いっぱいいるんだよねうちの派遣元からの人って。
ちょっと家計を助ければいいぐらいの主婦の方はともかく、
はたらきざかりの男の人たちなんか、どう考えてるんだろうとずっと思ってたよ
余計なお世話だけど。
今の派遣先は年中無休だから、へたしたら週6勤の人とかいるし。しかも残業ありで。
残業2時間と昼休み合わせたら1日10時間半、週6日これだけ会社にいたら
残りの時間で「派遣じゃない仕事に移る算段」なんて、とてもつけられるわけがない。
しかも派遣先の都合で切られたら、またどっか別のところで新人からやり直しだし。

年金出るまでこれでいけるとか
本気で思ってるんだろうか
っていうか
年金も、払ってるとはかぎらないしね非正規雇用みたいな人たちって(汗

ぜには多少貯まっても、一生それのくり返しだけの人生なんて
考えただけでぞっとする、というより
「そうゆう人生を生きてる自分」がまったく想像できないわたくし。
だからたとえ破綻してでも意地でも抜け出して、
絶対絵描きに戻ってやる!と思い続けておるわけです。

わたしがよく気のつく使える人なのは、こういうことを考えてのことなのだなんて
上司のギャルちゃんたちは、夢にも思わないであろう(笑)
ま、言わないまま辞めるけどね。わたしのことなんてなにも知らなくていいですよ
わたしもあなたたちに興味ないし。


ということで、世間並みにのんびりお正月する必要もとくにないので
引き続き、やらなきゃいかんことを片付けていこうかと。
ここもリニューアルするんだけど、玄関も中身もいっぺんに全部一新して、
ってなると大変すぎてまたいつまでたってもやらないので(笑)
要所要所のレイアウトや動線をもうちと整えたいってだけで、「中の具」をぜんぶ替えるわけじゃないから
できたとこからひとつずつ上げていくことになるでしょう。
あんまり気長にやってていいこととは思わないけど、なにも手をつけないよりましよ。うん。

てことでまあ、気が向いたら来年も、よろしく。


■12月19日

しかし何だね、3年半放置している間にいつの間にこの国は、
坊主でもないジジイが般若心経を唱えて
お給料もらえるようになったのかね?


↑この書き出しが浮かんでから早や、十数日が過ぎ去ってしまっているという(笑)
何だっけこれ、何のニュースのときだっけ?
たぶんカジノ法案成立だとかあのへんだったと思うんだけど

こんなかんじでこのコーナー設立以後十数年、ずっと
おそろしいいきおいで旬を逃しまくっているDOKUPARAでございます(涙

旬といえば、あれですね
逃げ恥とかゆうドラマが話題のようですが

前回書いたとおり、今通販会社で働いているんですが
出荷する商品を仕分けしていて、初めてこのドラマが、マンガが原作であると知りました
そんでもって

つい昨日のことですが、
めずらしく集荷のほうのフロアにまわされまして
集荷のフロアは終日FMラジオが流れているんですが

それで流れていた番組に、その原作マンガの作者である
海野つなみさんがゲストで呼ばれておりました


・・・海野つなみさん。
去る昭和から平成へと替わったその年の6月、
K談社の少女・女性部門の新人マンガ賞の授賞式に
まさに、同じ受賞者として同席したオイラでありました。
(賞の格はむこうのほうがだいぶ上でしたけど)

それからじつに
オリンピックが7度めぐるほどの月日を経て、
かたや大ヒットドラマの原作者としてラジオ番組に呼ばれ、
かたやそれを、老体に鞭打って時給950円の肉体労働にいそしみながら聴いているという(笑)

なんかスゲエめぐり合わせだな、と思ったら
このことを知っているのはこの世で絶対に自分ひとりだけなので
それが無性にもったいなく思えて、ワールドワイドウェブにさらしたくなりました(笑)


このサイトのこのコーナーって、
webにはいい子ちゃんなことしか書いちゃダメ!と思っている大多数の方からすると
もうなんでもかんでも考えなしに言いたい放題って思われてるかもしれませんが
じつはけっこうわたしの中では線を引いていて、
以前だったらこういうことは、
「客観的にみてあまりにもイタすぎる」と判断して(笑)
「書いちゃダメなこと」に分類していたのですが

あれだね
「イタさ」って、時が解決するんだね(笑)

もうだいぶ、
「書けないこと」「書いちゃダメなこと」が減った気がします
まあでも逆に
「こんなことわざわざわたしが書くまでもないよなあ」なことは増えてきている気がするので
「線引きの位置」は変わったけど「線の左右の量」はそんなに変わらないか??

ついったというものができて、
案外みんなそんなこと考えてるんだねー
そんなにみんないい子ちゃんにしてるわけでもないんだー
ってわかっちゃった部分がだいぶあるのよ。

ま、そう言ったって
昔のログと読み比べて、他人に違いがわかるのかどうかはさだかではありませんが。


イタいついでに言えば(笑;言わなくていいだろ)
あれは何年前だったかなあ、
都会で大きな本屋をうろついていたら、安野モヨコさんのMOOK本が平積みされてまして
・・・たぶんどっかの雑誌の特別編集版だかなんだか?で、大判サイズのイラスト集も兼ねて
とにかくそれを読めば現時点での安野モヨコさんの経歴だの代表作だのがぜんぶわかる、
というような本な。
それをぱらぱらと立ち読みしましたところ

・・・たしか、その平成元年6月の受賞式に
赤の、ノースリーブタートルネックでおっぱいの谷間がギリギリ見えないぐらいの位置に
でかい穴が開いているっていう、
わあこんな服ほんとに売ってるんだーこんなとこに着てくる人いるんだー
という印象のいでたちの人がいまして、

たしかその人が、安野モヨコさんて呼ばれてた気がするんだけど。

ってずっと思っていたら、まさに
そのときの写真が載ってました(笑)
そうなんです
あの人も同期デビューなんです。

その写真は受賞者の集合写真だったんだけど
わたしはギリギリ切られていて載ってませんでした(笑)ご配慮ありがとうございます。
いやまあ、切られてない人たちも顔はボカされてたと思いますが。

思えばとにかくあの頃は、おしゃれにも美容にも1ミリも興味がなくて、
というふうを装いながら心の底では、ファッション誌に載ってるような服を買って着こなしたり、メイクや髪型をいろいろ工夫して楽しんだりしている他の女の子たちがもう呪い殺したいぐらいうらやましく、
かといって自分はクソデブのクソブスなのはじゅーぶんわかってるんでいいですよ、あんたたちとは別次元で生きていくんだから何の興味もないですよ、
という演技を全身全霊でおこなっては日々意味のない疲労コンパイにみまわれるとゆう
もう屈折が何周もまわっちゃってる、まさにイタさのゴンゲでありました。

そんなあの頃のイタさっぷりにくらべたらこの平成28年末における現状なんて
ハナクソみてえなもんです

ハナクソでよければまた読みにきてやってくざさいヒマ人ども


旬は逃しまくっているものの
一応、サイト再構築のための構造図だの、トップページのデザインだのは
帳面に書き起こしたり、トプ画に使おうかという絵を描いてみたりと
水面下ではごそごそやってます。

わたし、海野つなみさんがまだ漫画家やってたってことも知らなかったんだけど、
でもって、「わあまだ描いててくれてうれしい!」ってほどぶっちゃけファンでもないし(失礼)授賞式以後交流もほとんどなかったんだけど、
唯一「まだK談社にいた」ってことだけが、なんかちょっと感慨深かったっていうか。
まああの頃、90年代前半頃に仲良くしてたK談社の漫画家さんたちって
みんなほとんど廃業したり、他へ移ったり、他へ移って廃業したりで(←これは俺)
自分はまだ漫画家をやってた30を過ぎた頃に初めて
「あ・・・少女マンガ家って、若いうちに荒稼ぎして早くに足洗っちゃう職業だったのかー・・・」
って気づいたりしたので、
「普通にそのまんまずっとやってる人」なんてほぼ皆無だと思ってたもんですから。


古くから読んでてくれた人が、なんかのはずみでここをまた見つけて
「えーDOKUPARAってまだやってたんだ!」
って思ってくれたら、ちょっとうれしいかなと。

まあそんなかんじで。


■2016年12月6日

3年半放置しておきながら、最近絵画ブログのほうがすっかりDOKUPARA化してきているので
じつはあんまり久しぶり感がなかったり(笑)

モニタ越しに石ぶつけられまくりな気がする
ハイパーメディアご老体・山田理矢ですこんばんは。どうもどうも。

しかも、さっき書いたブログ記事
2014年の夏から更新してない」とかほざいてるしね。
このごにおよんで1年サバ読んでやがる。いやそういうわけではなくてですね。
急いで確認したから読み違えただけですよ。ほんとだってば。

ブログやツイッターではすでに言ってるんですが、このたび
だいぶ深めに関わった書籍が発売されることになりまして。
それでまあ一応、お買い上げいただいた方が名前で検索したりすることもあるかと思い
それでたどり着かれたここがこのていたらくではイカンだろうと(笑)

・・・前のテキストでも同じこと言ってるけど
ほんと「そんな理由でしか更新しないならやめちまえ」と
ごらんになってる方全員から思われてそうですが(汗

ともかく
3年半も経てば、現状このサイト内の記述と違ってきていることが多々ありますので
そこだけでも訂正しとかんことには、
ことに最近ありがたくも、印刷物用の絵のご依頼もいただくようになってきているので
余計な誤解を招いてご迷惑をおかけすることは極力避けたいと思ったしだいでございます
そんなわけで

検索で見つけてくださった方
どうも初めまして。山田理矢と申しますどうぞよろしく。


で、あらためまして
まず手始めに

漫画家としての活動は、2009年一杯ぐらいで辞めております。
まあレディコミとか恐怖マンガあたりでは、いまだに年に数本再録されておるようなので
出版物だけを見ている方には、こいついまだに描いてんだかどーなんだかヨクワカラン状況かもしれませんが
商業マンガのお仕事をあらたに受けるということは、しておりませんです。

で、
2010年以後から更新途絶える前までの、まあいわゆる
「現時点で表示されてるココ」において、やたら主張している「レトロ少女画家」ですが(笑)

ぶっちゃけ、ここのところさっぱり描いておりません(汗

ですが、「やめた」とか「描けなくなった」とかいうことではないです。
まあなんといいますか、なりゆき上というか(笑)
本人は今でも、描いたら描けんじゃね?ぐらいに思ってます。
要するに、環境だの心境だのの変化で描くものがガラリと変わったりですとか、
そこまで繊細なゲージュツカではないので。・・・あ知ってた?あ、そう。

そんななりゆきで、ここ2年ほどは、猫とか植物とか食べ物とか、
あと風景画の練習したり、リアル人物のデッサンの練習したりと
いわゆる「普通の絵」を多く描いております。

・・・このへんの、描くものの変遷みたいな事情については
ブログで書いたような気もするんだけど、まあ
あるかどうかもわからんその記事を発掘するよりもう一回書いたほうが早いので(笑)
おぼえてたら次回ぐらいに。
・・・次回って何年後だ?とか言わなくていいですよごるあ。


そして、
生活費を得るための会社勤めですが。
一応、2012年に登録した派遣会社にまだ籍を置かせてもらって続けております。
ですが、今年の夏ぐらいから、なんとか
「足洗うまで秒読み」に入ったかんじかなと。
うだうだと「こうなってから辞めよう」なんて言ってないで
思い立ったらズバッと辞めちゃうっていう手もあるんですけど(笑)
あまりにも無計画に辞めちゃったらそれこそ、
「会社勤め生活に入るはめになったとき」の二の舞になるので。
もうちょっとだけ、最低限の算段はつけてからにしようかと。

ただ、まあ派遣ですので勤め先はかなり転々としました。
これの前の記事(2013年8月4日付)で書いている、バッタまゆげのいる職場(笑)は
もう言っちゃうけどあまぞん倉庫です。集荷の仕事してました。
ざっくり経歴を書きますと、

2012年3月
面接受けて最初にK工場に配属

2013年7月
K工場がヒマな時期にあまぞんに移される

2013年10月
あまぞん気に入ってたのに3か月でK工場が忙しくなって戻される

2014年10月
現場でケガをして、その対応があまりにひどかったので
派遣の更新を一時保留にしてもらって近所の町工場に勤める

2014年11月
新人をいびるだけが生き甲斐のババアがいて
ストレスで不整脈起こしたので1か月で辞めてふたたびK工場へ

2015年2月末
横暴な社員にさからってK工場クビ

2015年3月頭
G倉庫の集荷&出荷の仕事を紹介してもらう

2016年7月末
G倉庫が派遣切りしやがった

2016年8月頭
通販会社Lの集荷&出荷の仕事を紹介してもらう

・・・で今に至る。というかんじです。

もうほんと、コッチの仕事に関しては
悪口しか出てこないんで(笑)
あんまりねちねち記憶をほじくりかえすのも精神衛生上よくない気がしますので、
まあ、ちょっと面白いなという出来事だけ、思い出したら書いてみようかなと

要するに
「会社勤めを辞める」っていうのと「ココを本格再始動する」っていうのは
わたしの中では連動していかなくてはならないことですので、
ここのテキスト以外にも、いろいろいじっていこうと考えております

・・・考えてるそばから、さっき1時間以上かけてこのテキストの下書き書いて
玄関チャイムが鳴ったので出ている間に、PCが原因不明のシャットダウン起こして
保存してなかった下書きがまるごと消えるという

早くもすべてのやる気が失せる出来事が起きたりなんかいたしましたけども(涙
がんばって2度目書いたよこのやろう
なんだってこの歳で、こんなくだらんことで記憶力と忍耐力試されなきゃなんねんだ
何の罰ゲームだごるあ

そんなかんじで

よっぽどひまでしたら、生温かく見守ってやってくざさい。

▲いちばん上にワープ